「鈍色の雨」  <内容紹介>


 その日は朝から頭上に鈍色の雲が低く垂れ込めていた。流れてくる風が生ぬるく、もう梅雨時でもないのにじっとりと嫌な湿り気を含んでいる。
(……ひと雨きそうだな)
 今にも雨粒が落ちてきそうな曇天を見上げて、山本武はため息をついた。
 あの男に初めて会った日も、確かこういう嫌な天気だったと思い出しながら。

 小さな墓の前で名も知らぬ白い花が揺れている。墓参用だと告げて、花屋に適当に見繕わせたものだ。
 一緒に線香を供えて、静かに手を合わせた。
 脳裏に甦った男は自分に供養されても少しも喜ばないかもしれないが、それでも無縁仏として扱われるよりは余程マシだろう。
(早いもんだな)
 あれから少しずつ調査を続け、彼の故郷に残っていた両親の墓を見つけて遺骨を移したのが四年前。ちょうど二十歳の誕生日を過ぎた頃だ。以来、山本は年に一度この地を訪れている。今年は七回忌だから、ついでに本堂でお経も上げてもらった。
 悔恨や懺悔の気持ちからではない。
 あの執念深そうな男が、そう簡単に眠りについてくれるとは思えないから、仕方なく年に一度は姿を見せに来ているのだ。
 おまえが望んでいたとおり、この手はまだ剣を握っているぞ、と教えるために。

「じゃあな、来年またくる」
 立ち上がったちょうどその時、天からぽとりと冷たい雫が落ちてきた。いよいよ降りだしたようだ。しかも結構大粒で雨脚が強い。髪や頬、スーツの肩がみるみるうちに濡れていく。
 ―――――空が泣いているようだというセリフは、あまりに陳腐だけれど。そういえばあの日も雨だった。
(地面に染み込んだ血が消えても、全部洗い流せるわけねぇんだけどな)
 孤独な荒ぶる魂が、せめて鎮魂の雫によって少しでも安らいでくれることを祈りながら踵を返す。ところが墓地から出ようとしたところで、山本は足を止めた。
 そこにいるはずのない人物が傘を手に佇んでいたからだ。
「……獄寺」
 沢田をサポートするためボンゴレ日本支部の表の顔である企業で取締役を務めるこの男は、平日に思いつきで休みを取れるほど暇ではない。だいいち今日ここを訪れることは誰にも話した覚えがないのだが。
「おまえ、どうして」
「俺んとこの秘書は優秀だからな、スケジュール調整は万全なんだ。俺が指示していないことまで、きっちり記録してやがるしよ」
 片手をズボンのポケットに突っ込み、銜え煙草を吹かしながら答えた獄寺は、いかにも呆れたようすで嘆息している。
「ったく、毎年毎年こんなド田舎まで墓参りとは律儀な奴だな」
「わざわざ迎えに来てくれたのか」
 嬉しくなってつい目許や口角を綻ばせて尋ねると、照れ屋な恋人は憮然とした面持ちで「べつに」などと云った。
「たまたま通りかかっただけだ」
 それはいくら何でも無理がありすぎるのではと思ったが、ここで吹き出したりしたら間違いなく拗ねてへそを曲げてしまいそうだ。
「そっか。じゃあ一緒に帰ろうぜ」
「…………てめ、何ニヤケてやがるんだよ」
 笑っていないつもりだったのに表情筋が緩んでいたのか、結局睨まれてしまったが、傘には入れてもらえた。
 獄寺の手から柄を受け取り、空いたほうの手で隣の肩を抱き寄せて歩きだす。
「あんま引っ付くな」
「濡れるだろ。駐車場までだ」
 獄寺だって分かっているから抵抗は言葉だけのものだ。山本は人通りのない田舎道とこの悪天候に内心感謝した。
 境内を出てわずか数十メートルの距離をゆっくりと楽しみながら歩く。一応舗装はされていても枝道の路面はあまりいい状態ではなく、すぐにところどころ水溜りができそうだ。いく筋もの小さな水の流れを眺めながら車にたどり着いた時には、ズボンの裾がかなり濡れていた。
「嫌な天気だぜ」
 獄寺はぶつぶつ云いながら当然のようにロードスターの助手席に乗り込んでくる。彼自身の愛車は近くに見当たらない。
「あれ、おまえ車は?」
 都心からおよそ二時間半。まさかここまで電車とバスを乗り継いできたわけではあるまいと思って訊けば、部下が送ってくれたとあっさりした答えが返ってきた。
「一人で行くからいいっつったんだけどな。途中までの護衛も兼ねてるからって押し切られた。それに最近ちょっと調子悪いんだよ、俺の」
「またか。いい加減買い換えたらどうだ?」
「嫌だね」
 彼の愛車アルファロメオはイタリア車の中でも特に車好きな連中に人気があるメーカーで、カッコイイ車の代名詞でもあるが、車体そのものよりメンテナンスに金がかかる車としても有名だ。乗り心地は悪くなくてもやたらと燃費が悪いし、故障も多い。山本も159のデザインはかなり好きだが、実際に乗る車はハンドル捌きのよさや走行性能で選んでいる。
 おかげでドイツ車なんかに乗りやがってと獄寺から不興を買っていて、普段あまり助手席には乗ってもらえない。彼に云わせると、BMWやベンツは性能がよくても面白味に欠けるらしい。やはり故郷であるイタリアの車が特別なのか、手間暇をかけているからこそ愛着が湧くのか。何にせよ故障が多いところまで楽しいというのは、山本にはよく理解できないこだわりだった。
「どうせならマセラティにすりゃいいのに」
「シャマルと被るから嫌だ」
「だったら、いっそフェラーリとか」
「親父が乗ってた車だ」
 新車価格が二倍以上することより、そういったことのほうが獄寺にとっては気になるらしい。もっとも彼の敬愛する十代目、沢田綱吉が国産車に乗っているので、どのみち仕事の時は獄寺もそれよりワンランク下の国産に乗っているのだが。
(ホント可愛い奴)
 車の趣味が合わないだけでなく、互いに仕事が忙しい二人は、こんな機会でもなければなかなか一緒にドライブなどできない。
(今度こいつの部下に酒でも奢るか)
 山本はひっそりと口の端に笑みを刻んでエンジンをかけ、ハンドルを切る。
 久しぶりに苦い過去と向き合ったせいで空模様と同じように重たく曇りかけていた心は、思いがけず追いかけてきてくれた恋人のおかげでずいぶんと軽くなっていた。

(……悪ぃな。まだまだ、そっちに引きずられることはなさそうだぜ)
 あの十七の夏を忘れることは一生ないとしても。

 駐車場から国道へと出た山本の車は、降りしきる雨の中を静かに走りだした。




※      ※      ※



「アルファロメオに乗る、何かとこだわり派の受け・24歳」(笑)……とまぁ、
こんな感じでスタートしますが、このお話のメインは17歳、高校生の山獄です。
しかし妄想の始まりは24歳の山本でした。原作の彼を何度も眺めているうちに
この男が最初に人を斬ったのはいつ頃だろう、単なるマフィアごっこでなくなったのは
果たして何歳ぐらいだろうと考えるようになりまして。野球に一番夢中だったはずの
17歳という年齢を選んだのです。そして敵は……もう、これしか浮かびませんでした。

どうしても書きたかったのは 「時雨蒼燕流vs時雨蒼燕流」

これは「未来編」で十年後に飛ばされることなく月日を過ごした山獄の二人。
ツナが未来で出会った24歳の獄寺や山本から想定した「17歳」の物語です。
そういう意味ではパラレルとも云えますが……原作から外れているわけではないので
一応原作ベースのつもりでいます。肝心の時雨蒼燕流についても、かなりの勢いで
いろいろでっちあげてますが(汗)、そのへんは軽ーく流して頂けたら……と。(^^ゞ

ただ今回は、あまりに時間がなかったため、最も重要なラストのHシーンを推敲できず、
まだまだもっと盛り上がれたのでは!? と反省しきりなのですが……il||li_| ̄|○ il||li
それでも、かつてないほど頑張って書き上げたのは確かなので、ぜひご一読下さい!
至らない点の多い拙作ではありますが、何卒よろしくお願い致します。<(_ _)>


2008.7.31 内容紹介UP


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