「こら、動くな。じっとしてろ」 「お、わりぃ」 ――――とある有名ホテルの一室。 心持ち顎を持ち上げて、云われたとおりにおとなしく立っている山本の喉元で、獄寺の指先がノットの形を整える。 シュッという微かな衣擦れの音に、こぼれ落ちたため息が重なった。 「……ったく、てめぇは。ネクタイの結び方ぐらい覚えろっつっても、なかなか覚えねーし、やっと覚えたかと思えば毎回毎回歪んでやがるし」 「そんなに云うほど曲がってねーと思うんだけどな。他の連中からは指摘されたことないぜ?」 どうせ適当に結んでいるからだろうと睨んでやっても、当の本人はけろりとした態度で笑っているのだから、毎度のこととはいえため息の一つもつきたくなるというものだ。 「おまえが普段からだらしないカッコばっかしてるから、見慣れてるだけだろ」 きちんとした格好をすればそれなりに似合うのだから、面倒がらずにやれと口を酸っぱくして云っているのに、堅苦しい格好が苦手な山本は仕事に出ている時も着崩したスーツばかりで、ネクタイも締めていないことの方が多い。着けていてもかなり緩めた状態で、ただ首にぶら下げているだけといった感じだ。 「基準が間違ってんだよ」 「ひでぇなぁ」 だが、その山本も今日はいつものような格好ではなく、久しぶりに上質な布地で仕立てられたフォーマルを身に着けていた。 むろん一緒にいる獄寺も正装している。 隣の部屋にいる沢田もそろそろ準備を終えた頃だろう。 ボンゴレとは比較的付き合いの長いボルチアーニファミリーの七代目ボス就任披露パーティーに出席するため、彼ら三人は昨夜のうちに専用ジェットでイタリアを訪れていた。 パーティーといっても今回はごく普通のもので、裏社会の者だけを集めて継承の式典を行うわけではないが、先日最高幹部会によって承認された新しい首領(ドン)のお披露目が行われるのである。 仕事の都合で遅れてくる笹川了平も会場で合流することになっていた。当然キャバッローネのディーノとも顔を合わせるだろう。他にも大小さまざまな組織の代表が集まると聞いている。 ボンゴレに名を連ねて十年。 しかし当然ながら、彼らは揃うメンツの中ではかなり若輩だ。だからこそ見た目で侮られるようなことがあってはならない。 「……まぁ、こんなもんか」 ネクタイを結び直してやった後、頭のてっぺんから爪先まで山本の姿をじっくりと検分してから、獄寺はようやく頷いた。 「いつもこのぐらいキッチリ決めてりゃな」 その気になれば、山本は剣士らしい隙のない身のこなしができる。おまけに長年野球で鍛えた肩や胸板には見た目以上にしっかりとした広さや厚みがあって、生粋のイタリア人たちと並んでも見劣りしない。 しなやかで勁い体躯に纏う雰囲気は、竹のようにまっすぐでのびやかだ。決して口に出して褒めるつもりはないが、恋人の欲目なしでもいい男振りだと思う。 身長ばかり伸びて、思ったほど筋肉がつかなかった獄寺自身よりも、余程こうした格好が映えるタイプだというのに。 「なんか肩凝りそうだな」 本人にちっともその気がないから、こうして必要に迫られるたびに獄寺がいちいち世話を焼くハメになるのだ。 「贅沢抜かすんじゃねー。そうそういつも裏方ばっかで済むと思うな。全部終わるまでネクタイ緩めんなよ。腕まくりも禁止な」 「了解」 十代目に恥をかかせるな。キツイ口調で云い渡すと、案外素直な返事が返ってきた。 だが、 「全部終わったら、昨夜の続きしてもいいんだろ?」 さわやかな笑顔で下世話なおねだりをしてくる山本の目はかなり本気だ。昨夜、途中でおあずけを食らわせて部屋から叩き出してやったことを、まだ拗ねているのか。それともリベンジに燃えているのだろうか。 (ったく、このアホが。隣の部屋に十代目がいらっしゃるのに、んな恥ずかしい真似できるわけねぇだろうが。だいいち遊びに来てんじゃねーんだぞ) 獄寺は昨夜口に出して云ったセリフと同じことを再び胸中で繰り返すと、恋人の要望をぴしゃりと冷たく退けた。 「日本に戻って、休暇が取れたらな」 「……あー、やっぱそうくるか」 「当たり前だろ。同業者があちこちうろついてるこの状況で、そうそう気を抜けるか」 「ま、獄寺のそういうとこも好きなんだけど」 山本はへらっと笑って、じゃあこんだけな、と囁いた。と同時に近づいてきた唇が、避ける間もなく獄寺の口を塞ぐ。 「んっ! んん……っ」 いつの間にか腰に手を回されていて、しっかりと抱え込まれた身体は簡単には抗えない。 「……ふっ、ぅ…」 図々しく滑り込んできた舌に咬みついてやろうかとも思ったが、互いに仕事が多忙で最近また少しブランクがあったせいか、久しぶりの甘い接触と、合わせた唇から直に伝わってくる体温の誘惑に負けそうになった。 餓えているのは獄寺も同じ。 昨夜だって沢田のことを考えて、やっとの思いで我慢したのだ。 「っ…んん!」 蕩ける舌で口腔内を弄られているうちに、身構えていた四肢からどんどん力が抜けていく。 「……ぁ…はっ」 布越しに押し付けあった中心がじわりと熱い。 (おい、それ以上はヤバイだろ) やがて首筋にまでチリッとした痛みを感じて、危険信号が点滅し始めた頃。 「や、やま………もう」 身体に火がついて引き返せなくなるギリギリのところまできて、不埒な唇はようやく名残惜しそうに離れていった。 「残念だけど、そろそろ時間切れかな」 「……っ」 「本当はすぐにでもこのスーツを脱がしてぇんだけど、今はこれで我慢しとくな」 「……この、ばか!」 (無駄に煽りやがって) これが昨夜の意趣返しというならともかく、侮れない天然男はおそらく本気で云っているだろうから、よけいにタチが悪い。 獄寺は上がった息を整えようと深く呼吸しながら、少しだけ乱れてしまった襟を整えた。ついでにまだ甘えモードですり寄ってくる男の額をバチンと思いきり叩いて押し返す。 「とっとと行くぞ。パーティーに遅れる」 「ちぇっ」 ようやくホテルの部屋を出た二人は、まず沢田を迎えに行ってから、用意させていた車でパーティー会場へと向かった。 これから起こる出来事など予想だにせず。 ※ ※ ※ 捏造設定もとうとう限界を振り切りました(笑) まさかの獄パパvs武編です!
すごく真面目にアホな話を書きました。パパにテストされる旦那(24山本)と いつも以上にちょっとエロモードな24歳ごっきゅんです。 いろいろ目をつぶってパラレル気分でお楽しみください。 2010.8.14 初出し A5 60P オフセット @500−/2010.8.1 内容紹介UP |