大きく振りかぶってバッターボックスを睨んだ男は、テレビでよく見かけるユニフォームを身につけている。男の腕が振り下ろされた瞬間、唸りを上げて白球が飛んできた。 (――――インハイのストレート!) 時速百四十八キロの速球めがけてバットを振る。 コーナーを突いて手許でグッと伸びてくる球だ。わずかでも振り遅れれば打ち上げてしまう。だから何度も対戦し、何度も練習してきた。 (行ける!) ボールを真芯で捉えた手応えと動じに、カーンと気持ちのいい音が響き渡り、打ち返したボールがネットを揺らした。 「おっしゃ!」 思わず出たガッツポーズ。 「今日も調子よさそうじゃねーか、タケ坊」 会心の一打に、オーナーから声がかかる。幼い頃から変わっていないその呼び方をされるのはいつものことなのだが、今日ばかりは少し焦った。一緒に来ている獄寺が、すぐ側に座っていたからだ。 「……タケ坊?」 案の定、背後から不思議そうなつぶやきが聞こえてきて、カーッと頬のあたりが熱くなる。とはいえ、今さらその呼び方は止めてくれとも云えない。小学生の頃からずっと通い続けているこのバッティングセンターのオーナーからすれば、山本は一番の常連客であると共に、いつまで経っても近所の子供なのだろう。 「おう、絶好調だぜ!」 何でもない振りをして、さらりと流してしまうことにした山本は、もう三打席追加して、右に左にと打ち分けてみせた。 「おまえもやってみろよ、獄寺」 振り返ってバットを差し出す。 だが獄寺は煙草を吹かしながら、興味なさそうにそっぽを向いた。 「やだね」 「何で? 面白いぜ。好きな選手と対戦できるんだ」 「所詮はただのバーチャルだろ。それに好きな野球選手なんかいねーよ」 それは本当かもしれない。確かに獄寺はプロ野球にもまるで関心がなさそうだし、今日ここへ来るのもかなり渋った。 ツナの家へ遊びに行った帰り道。まだ少し時間が早いから寄り道をしていこうと誘って、OKをもらったところまではよかったのだが、第一候補がこの並盛ボールだったことがお気に召さなかったようだ。 何で俺がおまえの練習にわざわざ付き合わなきゃならねーんだ、バカらしいとぶつぶつ文句を並べて、唇を尖らせていた。そのくせ、だったら他の場所へ行こうかとあれこれ検討し始めた途端、考えるのが面倒だからどこでもいいと云い出して、結局ここに連れてくることになったのだ。 だったら最初から素直についてくればいいのに、とは思っても口に出せばまた拗ねる。それに………… (興味なさそうなこと云ってても、来た時はめずらしそうにキョロキョロしてたし、速球を見送るたびに音にびっくりして、ビクッてする気配が伝わってくるとことか、いちいち可愛いんだよなぁ。だいたい本当に嫌なら、俺が何を云っても絶対についてこねぇだろーし) 獄寺の言葉と態度が裏腹なのはいつものことだ。もう、だいぶ慣れた。 こういう時の対処法も。 「とか云って、ホントは自信ねぇんだろ?」 「んだとっ? なわけあるか、貸せ!」 見事に挑発に乗ってくれた獄寺にバットを奪われ、山本は後ろに下がった。 「当てるぐらい軽いっての」 しかしバッターボックスに立った獄寺の構えは本人が決めているつもりでも、どこかぎこちない。そのせいかスイングも崩れてしまい、一球目は完全に振り遅れていた。 「ちっ」 「落ち着いてボールをよく見ろよ。膝をやわらかくして、肘からも力抜いて」 「う、うるせぇな! 云われなくてもそのくらい……」 アドバイスには罵声しか返ってこないが、見れば云われたとおりにちゃんと力を抜いている。もともと反射神経も動体視力も抜群だ。やや身体が泳いだものの、二球目は上手く当てて転がした。 「くそっ、ゴロかよ」 「タイミングは悪くないぞ! あとはバットの芯に当てればいいんだ。身体の軸をまっすぐにな」 「分かってるつーの!」 三球目と四球目はボール。臭いところだったが手は出さなかった。やはり目はいいようだ。そして五球目、ついにバットが快音を放った。クリーンヒットだ。 「ほら、見ろ! おまえにできて俺にできねーわけがねぇんだよ」 どうだ、と自慢げに振り向いた瞳がキラキラしていて、たまらなく可愛い。おかげで自然と山本の顔も綻んだ。 ※ ※ ※
WEB再録作品の書き下ろしは並盛ボールでのデートから始まる後日談です。 両想いだと分かった途端にちょっとギクシャク……な感じのもどかしい二人ですが 後半しっかり甘々なので、ぜひご一読下さい。よろしくお願い致します!<(_ _)> 2008.6.13 内容紹介UP |