◇ 2008冬コミ新刊 ◇
「帰りつく場所 T」 〜本文より〜   <内容紹介>



 目を閉じて、静かに呼吸を整える。
 集中し、意識を高めて―――――奥底から湧き上がってくる力を遠くへ『飛ばす』。すると閉じているはずの瞼の裏側に次々と映像が浮かんできて、見えてしまうのだ。
 見たいと望んでいないものまで鮮明に。


 そのとき浮かんできたのはロープで縛られ、猿轡をされて運ばれてきた人物が、いかにもタチの悪そうな複数の男たちに囲まれている場面だった。
 数人がかりで攫われてきたのは二十歳前後の若いイタリア人で、紙のようにまっ白になった顔を引き攣らせている。拉致された上に、拳銃まで突きつけられているのだから、それも当然だろう。
「だ……誰だよ、あんたたちっ」
 猿轡を外されて、ようやく絞り出したセリフが日本語だったのは、周りにいる黒いスーツの男たちが全員アジア人だからに違いない。
「××子太××?」
 だが、その中の一人がふいに馴染みのない言葉を発した。
「な…に?」
 捕らわれている人物にも意味が分からないのか、ぎこちなく問い返した青年に、別の男が日本語で云い直す。
「おまえ、フゥ太か?」
「ち、違う!」
 青年は必死でかぶりを振った。
「そんな奴、知らねーよ!」
「ランキングの能力を持っているんじゃないのか? 隠すな。正直に云わないと命はないぞ」
「ほ、ほんとだって! 何だよ、そのランキングって……」
「これを見ろ」
 詳しく説明してやる気はないようだ。男は短く云い放って、プリントアウトされた一枚の紙切れを広げてみせた。
「明日行われる大掛かりな公共事業の入札に参加する企業のリストだ。落札する可能性が高い順にランクをつけろ」
「そんなこと……できるわけ、ないだろ」
「やれ。やらなければ、おまえの家族や友人もここへ連れてくる」
「……分かったよ」
 仕方なく青年はリストに書かれた社名の中からいくつか選んで、それを読み上げていった。ところが。
「×不同……」
 言葉は分からなくとも、ため息混じりのそれが落胆のつぶやきだということは青年にも分かったのだろう。絶望と困惑がますます彼の表情を強張らせていく。
「あ、あの…………頼むから、もう帰してくれよ。人違いだって分かっただろ? 俺、誰にも何にも云わないからさ!」
 だが、男の一人が首を横に振った。実に残念そうに。
「悪いな。証拠を残すなと云われているんだ」
 次の瞬間、何のためらいもなく引鉄が引かれ、青年の身体が一度だけびくんと大きく跳ねたかと思うと、やがて棒のようにどさりと地面に倒れ込んだ。驚きに目を見開いたまま、最期の悲鳴すら上げることもできずに。
 きっとこの死体は骨まで溶かされて海に流されるのだろう。
 代わりに行方不明者が一人増える。ただ、それだけだ。


「…………」
 深い息を吐いて、飛ばしていた「気」と「エネルギー」を引き戻す。すると急速に映像が遠のいて、意識が現実へと帰ってくる。それと同時に周囲でパタパタと物音がした。すぐ近くに物は置いていなかったはずだが、少し離れていた物まで浮き上がってしまったようだ。
 ゆっくりと開いた瞳に映ったのは、マンハッタンにある高級アパートメントの一室。その一角に置かれたソファから身を起こすと、予想どおり入り口近くのローチェストに置いてあった物が床に散らばっているのが目に入った。
「こればっかりは無駄な能力だな。上手くコントロールできれば使いようもあるんだろうけど」
 嘆息した青年は立ち上がって窓際まで移動すると、きっちりと閉じられていた厚手のカーテンを半分ほど開けた。時差はマイナス十四時間。こちらはまだ前日の朝方なのだ。
 先程まで目にしていたものとはまるで異なる晴天と、その下に広がる街並みを眺めながら、唇の端を嗤いで歪める。
「…………名誉を重んじる男(マフィオソ)、か」
 確かに彼らは独自の不文律で動いている。掟に従うためなら、どんなことでも平気でする連中だ。
 誰にでも一切の容赦なしに。
「"僕"も、今ではその一人だけどさ」

 乾いたつぶやきは眩い朝の陽射しの中で、幻のようにすぐに消えた。



◇◆◇  1  ◇◆◇




 ――――某月某日。日本、並盛町。

「……パッとしねぇ数字だな」
 獄寺隼人はパソコン画面に映し出されている販売実績のデータを睨んで低く唸った。国内実績の伸び率低下はなかなかに深刻な状況だ。おまけに前期は好調だった輸出部門まで、最近の円高騰の影響で下方修正を余儀なくされている。
「あんまり営業を叩かないでくださいよ、専務。ウチだけじゃなくてどこも厳しいんですから」
 新たな書類を差し出しながら諌めようとする秘書を、獄寺は眼鏡越しに一瞥した。
「甘いこと云ってる場合か」
 彼らが勤めているのは沢田綱吉を代表取締役とする総合企業で、云うまでもなくボンゴレ日本支部の『表の顔』だ。ここの業績がすべてではないが、沢田がブラックマーケットでの取引を好まないため、表の仕事がファミリーの活動に多少なりとも影響を与えるのは事実だった。
「一応目標数値はクリアしてるが、この分だと販売計画の見直しが必要だな」
 受け取った書類をちらりと覗いただけでデスクに放り出し、行儀悪く伸びをする上司の態度にもすっかり慣れてしまった秘書は、小さく肩を竦めただけで何も云わない。代わりに、軽やかなノックと共に入室してきたフゥ太と目が合った途端、くすりと笑われてしまった。
「お疲れ様、隼人兄」
 ここ数年でずいぶんと背丈が伸び、急に大人びてきた青年に微笑まれて、さすがの獄寺もいささかバツが悪い。
「なんだ、おまえ今日は一日授業があるって云ってなかったか?」
「午後の講義、休講になったんだ」
「バカだな。だからって律儀に来ることねぇだろうが。おまえはバイトなんだから」
 現在某有名私立大学に通っている彼は、空いた時間に獄寺たちの会社でデータ整理などのバイトをしているのだ。べつに生活に困って働いているわけではないのだから、ダチと適当に遊んでくりゃいいだろと云ってやっても、彼は静かにかぶりを振る。
「僕が一番落ち着けるのはツナ兄や隼人兄たちといる時だから」
 幼い頃から特殊な世界に身を置いてきたフゥ太にとっては、一般の学生たちとの他愛ない交流のほうが違和感を覚えるのかもしれない。もっとも学生時代から他人と気安く馴れ合うことを拒んできた獄寺と違って、穏やかな性格のフゥ太は如才なく周囲と打ち解けているようだが。
「誰かさんと違ってよく働いてくれますから、たとえ一、二時間でも来てもらえると助かりますよ」
 秘書も完全にフゥ太の味方だ。
「悪かったな。いいから、さっさとそいつを寄越せ」
「はいはい」
 フゥ太から受け取った書類の束を、秘書がデスクの上に置いた。それは裏側から手を回して買い占めさせている特殊金属や鉱物の産出予想データだ。
 世界中で石油同様に産出地域が限られているそれらの品は、物によってはかなりの高値で売買されている。当然、原産地にとっては金の卵だ。相手の足許を見てつけ込み、交渉ごとに値を吊り上げてくるところも多い。その利権をいち早くかっ攫い、場合によっては競争相手に転んでもらって手に入れた物を、さらに高値で世界中のメーカーに売り捌く。
 違法薬物や兵器売買には一切手を出さない彼らにとって、それは現在最も重要視している資金源の一つだった。
 云うまでもなく先読みと交渉に関しては企業家としての手腕が問われることになるが、彼らが同業他社よりもずっと多くそれを得ることができているのは、フゥ太のランキング能力のおかげなのである。
 ただし、むろん「タダで」というわけにはいかない。たとえ同じ組織に属する仲間であっても、だ。
「もうOKきたのか?」
「うん。さっき幹部会から連絡があったから」
「おー、そりゃ助かる」
 上機嫌でデータに視線を戻す獄寺に、しかし礼を云われたほうのフゥ太は申し分けなさそうに肩を落とした。
「ごめんね、毎回まどろっこしくて」
 自分の能力だというのに、思うようにできないことがもどかしいのだろう。
「ばーか、何を謝ってやがんだ。おまえのせいじゃねぇだろ」
「そう…かな?」
 顔立ちはすっかり大人びていても、苦笑を浮かべた面には幼い頃を思い出させる怯えや遠慮、あきらめの色などが滲んでいる。
 獄寺はそれに気づかないふりで書類の数字を目で追っていた。
「上が定めたルールだ。俺たちのボスがそれに納得してるんだから文句云う奴ぁいねーよ。いたら俺がぶっ飛ばしてやるから、いちいち気にすんな」
「……うん」
 乱暴なセリフに込めた愛情をきちんと受け止めてくれた弟分が、じわりと笑みを広げて、嬉しそうに目許や口許を綻ばせる。
 ところが傍らに立つ秘書がさっそく文句を云ってきた。ただし内容に関してではなく、獄寺の口の悪さについてだったが。
「だから、そういう口の利き方はやめてくださいと何度も申し上げているんですが。いつになったら改めてもらえるんですかねぇ」
 黙って座っていればノーブルな感じに見せることもできるのに。
 メタルフレームを指で押し上げ、嘆息している秘書のぼやきは一蹴する。
「うっせぇぞ。いいから海外事業部長を呼べ。すぐに打ち合わせだ」
「畏まりました」
 優秀な部下はすぐに仕事モードに切り替え、一礼すると隣室に下がっていった。
「じゃあ僕もデータ整理に戻るね」
 数秒ほど遅れてフゥ太も同じように踵を返す。
「おう。あんまり無理する必要ねーから、適当に切り上げろよ。ランボやイーピンの勉強も見てやってんだろ?」
「ん、そうする」
 その背中がドアの向こうに消えるのを待ってから、獄寺は煙草に火をつけた。
(ったく、あいつは…………おとなしい顔して案外キツイこともさらっと云うくせに。アレに関しちゃいつまで経っても遠慮が抜けねぇな)



※      ※      ※



今回のお話は、こんな感じでスタートします。フゥ太のランキング能力に関して、
かなりいろいろでっち上げていますが、お話のメインはタイトルどおり「自分たちが
帰っていくのは、恋人や仲間のいる場所なんだ」という非常にシンプルなものです。
フゥ太を絡めたのは、獄寺と同じイタリア出身で、二人とも並盛が第二の故郷に
なっているから。重なる部分があるんじゃないかなーと考えたのがきっかけでした。

本当は一冊で終わらせるはずだったのですが、設定を練っているうちに獄寺単独
の視点で描くには無理がある話だと思ったので、今回は場面によって視点を変える
方法をあえて選択しました。(ちなみに他の作品はほぼ同一視点で書いてあります)
そのため、ちょーっと予定より長くなってしまい……続いてます。ごめんなさい!m(__)m

続きものはちょっとパス……という方もいらっしゃるかと思いますが、
前半にも山本と獄寺のらぶらぶなシーンはバッチリ入っていますし、
後編(あと1冊で終わる予定です)もなるべく早く出すつもりでおります。
今まで以上に至らぬ点の多い拙作で恐縮ですが、ぜひご一読下さいませ!
何卒よろしくお願い致します。<(_ _)> (もちろん通販も行います)


2008.12.12 内容紹介UP


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