「On holy night 〜聖なる夜に〜」(23歳山獄) <内容紹介>



「ただいま……っと」
 玄関に入るとつい口にしてしまうのは、すでに習慣になっているからだが、返事をしてくれる相手がいつも部屋にいるとは限らない。
 むしろ最近は一人で過ごす夜のほうが多いくらいだ。
 獄寺と違って表の仕事が会社勤めではない山本は、もともと長期で日本を離れることもめずらしくなかったが、今年に入ってからは特に頻繁にイタリアにある本部との間を行き来していた。他の支部や同盟のところにも顔を出したりしているので、家を空ける日数は去年よりも確実に増えている。行き先は必ずしも海外ばかりではないが、どちらにしてもすれ違いが多く、一緒に過ごす時間がなかなか取れないのは同じことだった。
 そういった事情があるせいだろうか。
『……悪ぃな。クリスマスには間に合わないかもしれない』
 電話ですまなさそうに謝られた時も、ほんの少しがっかりしただけで、すぐに仕方がないと諦めた。
 だいたい現在(いま)は、クリスマスがどうのニューイヤーがどうのと浮かれている場合ではない。通常の仕事の他に、彼らが守り、築いてきた組織を維持するために、ボスである沢田をサポートすべきことは山のようにあるのだ。
 今夜遅くなったのも、取引先の役員と会食を行っていたからなのだが、実のところ同盟組織の幹部との接触を図っていたのである。昨今の秩序の乱れがアジア地区に及ぼしている影響について話し合った。おかげで今日がクリスマス当日であることも、ほとんど忘れかけていたのだが。
「…………」
 今朝出かける時にはなかった革靴が一足、玄関の真ん中に適当に脱ぎ捨ててある。
 少しくたびれてきたタニノ・クリスチー。去年、二人で一緒に出かけた際に獄寺が見立ててやった品だ。それを目にした途端、思い出していた。電話でのやり取りも、できるだけ早く帰ると告げた恋人の声も。
 なるべく期待しないようにと、わざと意識から遠ざけていた部分もあるのだが、どうやら思ったよりも早く任務を片付けられたようだ。
「帰ってたのか」
 獄寺はぽつりと小声でつぶやいてから携帯の液晶画面を覗いてみたが、着信もメールもなかった。ということは、おそらく…………
「あの野郎、寝てやがるな」
 眉根を寄せて顔をしかめる。
 きっと着替えもそこそこに爆睡しているに違いない。
 あまり音を立てないようにして部屋に上がり、そっとリビングのドアを開くと、案の定ソファから長い手足をはみ出させて、図体のでかい男がだらりと寝そべっていた。風呂だけは済ませたらしく、身に着けているのはスーツではなくラフな部屋着だ。上着に袖を通さず、毛布代わりに引っかけている。
 エアコンがついているとはいえ、こんな冷え込む晩にうたた寝をするとは迂闊な奴だ。
「ったく……人にはいつもうるさく云うくせに」
 獄寺が室内に足を踏み入れても目覚める気配すらないので、軽く一発蹴って起こしてやろうかとも思ったが、ひどく疲れた寝顔を覗いてしまうと、さすがにできなかった。閉じた瞼にはめずらしく濃い疲労の色が滲んでいる。
(今回はちっとキツかったのか……?)
 立場上、斬りたくない相手を斬らねばならない時もある。
 規則正しい寝息を聞きながら、いますぐ起こして寝室に移動させるべきか、もうしばらくここで寝かせてやるために毛布を運んでくるべきか、獄寺はしばし迷った。
 そして。
(………………ちっ、しょうがねーなぁ)
 こんなデカイ野郎をベッドまで運ぶことはできないので、せめて毛布のほうにしてやるかと思い、踵を返しかけたのだが。
「ん?」
 ふと、テーブルの上に放り出されたままの携帯に気づいて手に取ると、電源が切れていた。
(おいおい……どうりで連絡がないはずだぜ)
 せめて充電器に差しておけ、と心の中でツッコミを入れる。その時、同じようにテーブルに載っている鍵の束を見て、獄寺の動きがぴたりと止まった。
「…………」
 車とマンションのキーに付いている古ぼけたキーホルダー。
 表の塗装がすでにところどころ剥がれ落ちてしまっているそれは、十年ほど前に自分が山本にプレゼントしてやった物だ。さんざん迷った挙げ句、残りわずかな食費を削って初めて渡したクリスマスプレゼントだから、よく覚えている。
 だが、さすがに古くさいし、安物だからさっさと替えろと何度も云った。実際もうずいぶん前に別の物に取り替えていたはずだ。鍵の束から外されて、見かけなくなってからずいぶん経つ。とっくに捨てたと思っていたのに。
「……何でまだこんな古いモン持ち歩いてんだよ」
 呆れ声に、テーブルから持ち上げた鍵がチャリと小さく鳴った音が重なる。
 口には出さない、もうひとつの気持ちの代わりに。
 まるでそれが合図のように、
「だってそれ、お守りみてーなもんだから」
 低い声音で唐突に返事が聞こえてきて、獄寺は思わず鍵を取り落としそうになった。
「おまえなぁ……起きてたんなら、そう云えよ」
 人が悪いと睨んでやったが、本人は悪びれもせず大きく伸びをしている。
「いや、たったいま目が覚めたとこ。なんか、獄寺の気配がするなーと思って」
 寝惚け眼であくびを噛み殺しながら答えた山本に、獄寺はますます呆れた。
「だいたい寝るならちゃんとベッドに行けばいいだろ。俺がここでうたた寝するたびに、風邪引くとかうるせーくせに」
「だって獄寺、風邪引きやすいだろ?」
「んなことねーよ!」
 くたびれ果てて居眠りしていたくせに、どうしてそんなに上機嫌で人のことを抱きしめるのだろう、この男は。
 仕事の邪魔をしないために連絡を寄越さないでいたのなら、何時になるか分からない獄寺の帰りなど待っていないで、さっさと寝室に行けばよかったのに。
(バカな奴……)
「冷てーな。身体が冷えてる」
「おまえが寝起きだからよけいそう感じるんだろ」
「けど、外寒かったろ。ひょっとして雪降ってる?」
 カーテンが閉じたままのリビングからは外の景色が見えない。どのみち山本は寝ていたのだから知らなくて当たり前だが。
「まだだ。そろそろ降ってきそうだけどな」
 獄寺がそう答えると、なぜか彼はちょっぴり残念そうな顔をした。
「てことは一日遅れか。でもまぁ寒いだけでも結構雰囲気あるよな」
 何が、と問う前に抱きしめられたままキスされて、耳元に甘い囁きが落ちてくる。
「メリークリスマス」
「……っ!」
 こういうのは反則だ。
 期待していなかった分、たったこれだけでも心臓の鼓動が速くなって、ぞくぞくと身体の芯が疼きだす。
「何云ってんだ。クリスマスはもう終わったぞ」
「まだ、あと一分あるぜ。すっげーギリギリだけど間に合ったな」
 精一杯の虚勢も、ほら、と腕時計を見せて笑った恋人の一言に、取り繕っていた表情は脆くも崩れてしまった。
「……ばーか」
 火照る頬を見られないように俯きながら、もうひとつのセリフを促す。
「クリスマスより先に云うことがあるんじゃねーのか?」
「お、そうだった。ただいま」
「…………遅ぇんだよ」
「悪い」
 二度目のキスはたっぷりと長く、しばらくセクシャルな行為から遠ざかっていた身体に官能の火を点すには充分すぎるほどだった。



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14歳山獄SS「冬の贈り物」のリンク作品。(もちろん単独でもお読み頂けます)
大人たちは相変わらずベタ甘です。二人のラブっぷりをどうぞ(笑)
2008.12.29 初出し A5 24P コピー誌 @300−/2008.12 内容紹介UP



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